永琳と輝夜 feat.アリとキリギリス

 永琳にとって、竹林や博麗神社の裏手で薬草採集することは日課であり、仕事でもある。

 先日ついに開業を果たした「八意医院」の人気も相まって、薬草の必要量が多くなったからだ。

 朝六時から竹林に出かけ、昼食を食べに戻って午後からは博麗神社というコースで丸一日費やすハードスケジュールだったが、それに見合うだけの薬草は取れた。

 かごいっぱいの薬草を背負って永遠亭に帰ってくればすでに夕方。

 ポストから夕刊を取ると台所へ。夕食の支度をしながら紙面に目を通す。

 

「円安ドル高が鮮明」

「輸出企業過去最高益を更新」

「貯蓄から投資への流れ顕著」

 

 長期に渡る景気回復期の中で、新聞には楽観的な文句が踊る。

 それに反して字面を追う永琳の目は沈む。新聞を食卓に投げると、調理に集中することにした。

 

 

「やったああああああああ!!!111」

 夕食の準備ができたので、輝夜を呼びにいこうとすると台所の扉が嬌声でこじ開けられた。

「聞いてよ永琳! いやー今日一日パソコンの前に張り付いてた甲斐があったわ!」

 今にも飛びついてこんばかりの勢いでまくし立てる輝夜。

「もうね、自動車関連の株が上がりまくり! 手堅いかなと思って仕込んでみた医薬品も上がるわで笑いが止まらないわ!」

「また株やってるの?」

 永琳の頭痛のタネがこれである。

やることがないと文句を言う輝夜のために、パソコンとネット環境を提供して早一週間。どこのブログに影響されたのかはわからないが、永琳名義で講座を開設し、どこに隠してあったのかと疑うほどの資金を転がし、あっという間にデイトレードの魅力に取り付かれてしまっていた。

折からの好景気でどの株も上場以来の最高値を付け、毎日永琳は輝夜の歓声を聞く羽目になっていた。

永琳は元来そういったギャンブル的なものが好きではない。いくら連日儲かったという報告を耳にしても、頭の片隅で違和感を覚えずにはいられなかった。

「もうずっとやってるわよ。お金が勝手に殖えていくんだから、やらない理由がないわ」

「そんなこと言ってるけど、そのうち痛い目を見るわよ。濡れ手に粟はろくな結果にならわいよ?」

「濡れ手で取っても棚から落ちてきて結果は一緒よ。何にしてもこれから先の生活資金が手に入るんだからね」

朗らかにいう輝夜の顔には順風満帆という言葉が相応しい。

「何なら永琳、あなたにも分け前、もとい配当ぐらいは渡しても良いわよ?」

「・・・・・・いいわよ、私は医院のほうでこつこつやってくつもりよ」

一瞬気持ちが揺れた永琳。

「あら、マジメね。楽できるところは楽したほうが賢明と思うけど?」

「私はいいの。こっちのほうが性にあってるんだし。それより輝夜、本当に気をつけてよ? 株価が暴落して転落人生になったっていう話はよく聞くんだから」

「暴落ねぇ・・・・・・ まぁ気はつけておくわ」

「アリとキリギリスの話ぐらい知ってるでしょ? 楽してばかりだと痛い目をみるんだから」

神妙に永琳がいうものの輝夜は、だいじょーぶだいじょーぶとけらけら笑いながら答えるだけだった。

 

 

 

一ヵ月後。

まだ秋というには早いものの、朝晩の暑さは少し和らいできたころ。

永琳にとっては、夏の日差しが和らぎ、薬草狩りもやりやすくなっていた。

その日も朝から薬草狩りに出かけ、帰ってきた夕方。

いつものようにポストから夕刊を取り、さっと紙面に目を通す。

 

「株価、バブル以降最安値を更新」

「上場企業の三割が赤字決算」

「保護貿易の台頭に首相が懸念表明」

 

先月とはうって変わった言葉が踊る。

某サブプライムローンの影響で株価は急落。実体経済まで影響を及ぼし、底を打つ気配すら見えない現状に誰しもが右往左往しているようだ。

一月の間にここまで状況が変わるとは思えないが、変わってしまったものは仕方ない。

しかし好景気のときと変わらず、永琳の顔色は晴れない。

玄関を上がり、輝夜の部屋の前で立ち止まることしばし。

景気の急速な悪化とともに、輝夜も部屋から出てこなくなってしまったのだ。

株価の暴落で状況が激変してしまったからだろう。きっと輝夜はパソコンの前に張り付いて、チャートと板を血眼になって睨みつけてるに違いない。

値上がりで浮かれてる輝夜を見るのも忍びないが、暴落で打ちひしがれてる姿はさらに見てられない。

部屋から出てこない以上、文字通りの姿を見たわけではないが、それが逆に永琳の気をもませる。

ひとしきりため息をついた後、台所へ向かおうとすると部屋の扉が開いた。

そこには顔を伏せて肩を震わせる輝夜の姿。

「ふふ、フフフ、ふふふふふふふふふふふふふふ・・・・・・」

「て、輝夜? 大丈夫?」

永琳が話しかけても不気味な笑い声はとまらない。

「しっかりして。株価が暴落したところで、元本が消えるだけでしょ?」

諭すように言ってみたところで輝夜の様子は変わらない。

「ふ、ふふ、値下がりなんてもんじゃないわよ・・・・・・ それに元本なんて何の意味もないわよ」

「あなた・・・・・・まさか信用取引にまで手を出したの?」

信用取引とは借金をして株を買うことだ。資金が少なくても高額の取引ができる反面、値下がりしたときには元本以上の損をする可能性もある。

「あれほど楽して儲けようとしたら痛い目をみるっていったじゃない!」

言っても輝夜は答えない。

「堅実に働いて、額に汗して稼ぐのが一番なのよ! ましてや信用取引で大損するなんて・・・・・・」

「フフフ、もう笑うしかないわ・・・・・・」

「あなたの気持ちも分からないではないけど、失ったお金は返ってこないのよ。でもここから地道にやっていけば」

「まさか数十万が一億の儲けになるなんて夢にも思わなかったわよ!」

「そうそう、一億もの儲けが・・・・・・え?」

見れば輝夜の顔には満面の笑み。それを見る永琳が逆に呆ける番だった。

「一億よ一億! いやーやっぱり永琳の言うことは聞くものね!」

「え、ちょ、ちょっとどういうこと?」

まだ永琳の頭は状況の変化についてこない。

「この前永琳が株が暴落するっていう話をしたじゃない? それで言われた通りに持ってた株式を全部空売りしたのよ」

空売りとは売りを予約することで、値が下がっても利益を得られるというわけの分からない金融商法である。

「そしたらそこから下がる下がる! もうどこで利益確定しようか、この一ヶ月気が気じゃなくてパソコンから離れられなかったわ!」

「引きこもってたのはそんな理由かよ!」

永琳の渾身のツッコミも笑顔の輝夜には効果なし。

「大丈夫よ、約束してた通りちょっとは分け前上げるから」

「いいわよ別に・・・・・・心配して損したわ」

大きく息を吐く永琳の肩をまぁまぁと叩く輝夜。

「・・・・・・あーあ、いいわよね輝夜はそんなに儲かって。私なんて医院の収入でカツカツだっていうのに」

思わず愚痴が漏れる。

「なんか真面目に働くアリが馬鹿みたいだわ」

「何言ってるの。本当のキリギリスにとっては遊びも仕事なのよ」

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